ケムリクサと神話について(ネタバレ含む感想文)


僕がケムリクサを見始めたのは、11話放送後に友人からものすごいプッシュを受けた(実はそれよりも前からも勧められていたのですが、いろいろと忙しくて見る余裕がなかったという感じです)のが理由でした。
やっと、一段落したということもあり、見始めると1話からなんと面白かったこと……! ということで何に感動したかとか、どこではっとしたかなどを書き留めておこうと思いました。なお、幸いにも、作品を見始めるまで、ネタバレも事前情報もほとんど一切なかった状態です。

普遍性を描き出す物語
まず、僕はこの作品に先立つ「けものフレンズ」では、「人類の進歩」と「共生」……人類とは何かをテーマにしていたように思えるところでした。この作品があれほどの評価を受けているのは、人類に普遍的なテーマを、こまっしゃくれることなく、そして素直に賛美した作品であるからではないかと考えています。
そして、今回の「ケムリクサ」は、「生命の神秘」と「愛」を語っているのではないかと思っています(これについてあれこれ書くのは野暮だと思うので控えます)。けものフレンズが「人類」という普遍性を描き出していたとすれば、今回は「生命」の神秘を描き出したのではないかと思えます。
僕は、けものフレンズの時点で、かなり根源的な問いを物語りとしていたと思っていただけに、そのうえまさか今回は生命がテーマか……と視聴後の感動は何者にも代えがたいものがありました。

人工物と自然の奇妙さと美しさついて
僕は最初、りん、りつ、りなちゃんズやみどりちゃんに、強烈に奇怪な印象、というか気持ち悪い印象を受けたところです(私の弟も、初見で見たとき、りんちゃんたちが気持ち悪いと言っていました)。
わかばは人間としか思えなかったですし、より対照的に。
そのあとはムシが元々人間だったとかなのかなとか、りんたちは改造人間なのかなとか。廃墟と赤い煙と機械的な敵、味方もケムリクサもどこか不思議な奇怪さがあり、ずっと、底知れぬ不安感が残り続けていました。
徐々にりんたちへの嫌悪感は薄れていくのですが、その後は、人間が作り出した建物の構造の非自然的な奇妙さや不気味さ、そして、その対極でもある自然的な生物的なデザインの奇妙さや恐ろしさが増していくのです。エンディングの人工音声も、その世界観の気持ち悪さを引き立てます。
これは、僕が日頃から見慣れていた都会の風景が一転して恐ろしく奇妙なものに思えてしまったほどの衝撃でした(地下鉄で通勤していますし)。そして、いろいろと考えを巡らせて作品をみていたのですが……、それが最初に破られたのは11話でした。ここで、この作品がSF的な世界観に基づくことに初めて気づくのですが、その本当のストーリーのなんと純粋で、素直で素晴らしかったことか。
その後の12話は、皆さん知る限りですが、僕が最初に思った感想は、「SFラブストーリー」であり、そして「再生」と「生命の神秘」でした。その後、また第1話から見返すと、りんたちやその風景に感じていたどこかある種の気持ち悪さはなくなっていて、人間的な世界も、自然の世界も、作中も、そして実際の世界も、キラキラ輝いているように思えるというものでした。
エンディングテーマは、人工音声から肉声に変わる様は、あの方舟から外の世界に脱出することと重なり、偽りの世界から本来の世界への転換を描いていたと思います。
世界の見方を一変して変えて、そしてさらに美しく再構成させる……とんでもない体験でした。僕は2日間に分けて、1話から11話を一気見し、その翌日が12話だったのですが、もっとゆっくり味わいたかったところです。

廃墟同士がつなげる現実と物語世界
僕はこのケムリクサの世界観に自然に没入することができました。僕には舞台探訪(聖地巡礼)の友人が多いのですが、ケムリクサの舞台が日本各地にあるということだけは聞いていました。
そして、1話で見た軍艦島の光景。この時点のことを思い返してみると、軍艦島はそもそもこのような風景なので、他の土地がそこまで荒廃していることはわかりませんでした。というより、現実の廃墟から話がスタートすることで、スムーズに廃墟の世界に入ることができたのかなぁと。
そのため、ある程度日本全国の地理的な知識を持っていても、いきなり荒廃した世界を描き出す(例えばその後に渡る北九州工業地帯が荒廃している様子)よりも、よりすんなりと作品世界に入ることができたように思います。
これは、例えばバーチャルリアリティや、お化け屋敷において、作品の中に体験者が没入するときに、その前段として現実と虚構の橋渡しをする「何か」(たとえばTDLのホーンテッドマンションでは、並んでいる列がだんだんと暗い森に進んでいきますよね)が必要というのに近い気がします。

神話について
ケムリクサ考察班が、この作品が日本神話ではないのかとツイートしており、そのとき衝撃を受けました。
というのも、ずっと謎だったのが、九州をスタートして、東京がゴールだった点なのです。なぜこんな中途半端なことをしているのだろうと。ですが、日本神話として捉えると、天孫降臨の地は九州であり、かつ当時の日本という国の限界は関東のあたりまでだったためです。そして、その東には異国人としての東夷があり、征伐の対象だったのです。
そう考えると、意味不明だった物語はより理解されるところでした。2人の行っていた日本の3Dプリンティングは、国生みの神話に似通っていますし、最後に脱出する岩場は、黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)であると思うととても納得します(より詳しくは考察班のツイートをご覧下さい)。
そして、何より感動的なのは、日本神話の悲劇を、美しいハッピーエンドに作り替えたことです。
日本神話では、2人の夫婦の神である、伊弉諾(イザナギ)と伊弉冉(イザナミ)は、イザナミが産み落とした神によって亡くなり先に黄泉の国へ行くのですが、それを追いかけたイザナギとけんか別れすることとなり、生と死とを象徴する神となり対立してまいます。
ですが、ケムリクサでは逆に、イザナミであるりんを、イザナギであるわかばがかばい、それを、りんが生まれ変わることで救いに行きます。そして、さらに生まれ変わったワカバとともに、黄泉の国=偽りの世界を抜けて、ヨモツヒラサカから現世=本当の世界に舞い戻るというストーリだと思うところです。
そう考えると、あの方舟の中の世界がの地獄の様相は、そこが黄泉の国だからというところで合点がいったのです。

たばこについて
愛する人のたばこの匂いが忘れられないって、はかなくて素敵じゃないですか。最近の嫌煙ムーブメントによって、たばこを使った表現はほとんど見られなくなってきましたが、古風でいいなぁと(たばこの強い匂いは記憶に強くのこりますよね)。
さて、この作品の中でのケムリクサは強い生命の象徴となっていましたが、たばこの原産地であるアメリカ大陸でも、たばこはネイティブインディアンによって聖なる植物として扱われています。
とくに、印象的にのこっているストーリーとして、病やけがをしたときに、長老がたばこの煙を吹きかけて、邪悪なるものを払い、生命の息吹を吹き込む意味があるというものがあります。
最近では、たばこは悪のように扱われていますが、もともとはたばこは生命の象徴であり、その植物だったのですよね。そして大人の男性の象徴でもありました。しかし、体をむしばむことももちろんある、という。
同じように、聖なる植物に、お茶がありますがこちらは、なんだか生命というテーマにはしっくりこない気がします(とばいえ、ちゃんと作中にお茶が出るあたりすごい)。だからこそ、生命の息吹というテーマにおいて、たばこというのはまさにぴったりだと、非常に感動しました。
また、後から知りましたが、実際にたばこの葉の薬効として、解毒、鎮痛、止血の効能があるようですね。まさに神秘の草です。
あと、たばこの銘柄に「わかば」がありますが、旧3級品という安いたばこであり、とても重たく強いにおいがして、あとは貧乏学生などが吸うイメージがあるような気がします(同僚はおじいちゃんが吸ってるイメージとも言ってましたが)。だから、吸っていたたばこが「わかば」だとすると、りりが臭いといっていたのもわかるし、結構苦労人で、不健康なんじゃないかなぁと頷けるなと思うところでした。

質量感とサイズについて
僕はずっと、この転写された世界は現実の僕らと同じサイズだと思っていました。そして、それを補強する材料となっていたのは、11話でりりが転写されていたの実寸大であり、それと対比すると建物なども同じサイズで作られていたと考えていました。
ですが、ケムリクサ考察班が実はすべてがミニチュアサイズではないのかというツイートをしており、それを見て、確かに!と思うところでした。というのも、思い返してみると、わかばが第1話でふっとばされたり、いろんなところでかなり強い衝撃を受けていたとしても、意外とけろりとしていたりと、サイズが小さければ小動物や虫と同じようにそのくらい平気なのかもしれないわけで、とても納得したところでした。
さらに、キャラクタたちの動きも、確かに小さいとすると納得するようなところもあります。
これが本当にそうなのだとしたら、これは、3DCGだからこそのマジックなようにも思います。つまり、サイズ感が小さいか大きいかは、普通ならば書き込みの多寡で差異をつけられてしまいそうなものですが、キャラクタが3DCG(ベクター的な表現)であると受け手のなかでその縮尺は自由に解釈されるのかもしれないと思えるところです。

あとは、僕は船が宇宙船(?)全体のことだと11話で気づいていたのですが、それって少数派なのでしょうか。ほかにもいろいろありますが、とりあえずこのへんで。

とりあえず、なんて感動的なのでしょうか。神話もある種の普遍的な意味を持つものですが、そのような要素が本当に含まれていたのだとすれば、神話とSFを組み合わせ、そしてそれをまた新たに組み替えて新たな普遍的なストーリーを作り上げるというのは、本当に並大抵のことではないと思います。この作品に出会えてよかったです。